いつだって欲しいものは手に入れることが出来た。
そのために努力だって惜しむことはないし、手に入れるのは当然の報酬だと思っていた。
だが、どうしても手に入れることが出来ないものはあった。
それが『時間』というものだ。
初めて見た土岐蓬生という人物は、常にどこか遠くを見ていた。
いや正確には、近くのものを見て遠くを感じていた。
「おい、お前の名前はなんだ?」
たまたま通りかかった上級生の部屋で一人本を読む彼に興味を持った俺は、そのまま部屋に入っていた。
薄暗い部屋に微かに差し込む光は、色素の薄い彼を神秘的なものにさせる。
「失礼な子やね。名乗るときは自分から」
やろ?といいながら本に目を落とす。
「お前、俺の名前も知らないのか?」
俺の言葉を無視して彼は本を読み進めていた。
彼の態度に苛立ちを覚えながらも、確かに一理あることには違いないので言われたとおりに自己紹介をする。
「俺の名前は東金千秋だ。いずれ新聞全紙の一面を飾ることになる人物だから覚えていて損はないぞ?」
その瞬間、クッと笑う声が聞こえた。
といっても部屋には俺を含めて二人しかいない。
ならばと音の発生源を見てみると、今まで読んでいた本で顔を隠して肩を震わせている。
「アカンわ」
笑いを堪えきれずにいた彼は、深呼吸をしてから本を閉じた。
「それなら俺は土岐蓬生や。よろしゅうな」
その姿があまりに綺麗で、差し出された手をどぎまぎしながら握手した。
※ ※ ※
あれから俺はずっと蓬生と共にいる。
どんなに我侭を言ったところで、しゃあないなぁ、という一言で了承をする蓬生の存在はありがたかった。
ただ悪巧みをする際に、発案と実行は俺が細かい指示を与えているのは蓬生だ。
それなのに何故か怒られるのはいつも俺だけ。
その点が納得いかない。
「千秋、不細工な顔しとうよ」
「俺が不細工なわけがないだろう」
蓬生が隣で笑い声を堪えているのが分かる。
「ま、せっかくの花見なんだ。過ぎたことを考えていても仕方ないよな」
過ぎたこと?と蓬生が不思議そうに尋ねる。
「もしかして千秋もあのこと思い出してたん?」
「あのこと?」
あのこと、とはどのことだろうか。
思い出そうとしている俺の様子に蓬生は一人で納得したように頷いた。
そして悪巧みをするときの顔になる。
「いや、覚えてへんならええよ」
蓬生の視線は桜へと戻る。
はらはらと散ってゆく桜が似合いすぎて、逆に怖くなる。
そのままいなくなってしまいそうで、思わず手を伸ばす。
だが、その手が彼に触れる前に俺ははっとした。
「思い出した」
何が?と言いながら髪をかきあげる彼。
彼が先ほど言っていたことを理解し、俺は恥ずかしくなる。
あー、うー、と言葉にならない言葉を唸っていると、蓬生の笑う声が聞こえる。
ええんよ、と。
※ ※ ※
桜の季節。
蓬生と再会をした。
正確には離れていた間も会っていたのだが、会いたいときに会えないということが辛かった。
それと同時に腹が立った。
何故会いたいのに会えないのか。
幼稚園と初等部の距離を恨めしく思い続けての一年。
蓬生と再会をした。
でも、それでも一年という差は埋まることがない。
今まで欲しいものは手に入れてきた。
それ相応の努力もしてきた。
それなのに、一年の差という時間を手に入れることが出来ない、と。
幼い俺は思い知った。
- 作品名
- 思い出2
- 登録日時
- 2010/04/06(火) 21:40
- 分類
- 未分類