僕のマエストロフィールドを天使と形容する人がいる。
だけど、僕は天の使いなんて高尚なものではない。
天音という名前にふさわしい演奏をするようにしているつもりだけど。
先生に言われた人形の音という言葉。
「手が止まっているぞ」
冥加の声で我に返る。
顔を上げると、不機嫌そうな冥加。
演奏中に手を止めてしまっていたらしい。
以前はなかったが、最近は時折このように考え込むことがある。
だけど、冥加には言えない。
「天宮、帰るぞ」
突然冥加は楽器を片付けはじめる。
だが、時間はまだ早い。
「急にどうしたの。今日はスタジオで練習でもするのかい」
それだったら天音の学内の方が十分設備は整っている。
だから否定されると思っていた。
「そうだな、それもいい」
思いもしなかった肯定の言葉に目を丸くする。
「……冥加?」
冥加はこちらを見ずに本当に帰ろうとする。
「天宮、早くしろ」
その様子を眺めていた僕にまで帰りの仕度をするように言う。
仕方ない、と手早く片付けをして部屋を出る。
冥加が何も言わないのはごく当たり前のことなので理由は聞かない。
どうせいつかは分かることだろうし。
「で、どこへ行くの?」
門をくぐり、外へ出る。
空調が利いている室内と違い外は暑い。
冥加はそんなことも気にしないで足早に歩く。
どこへ向かっているのかは分からない。
「ただ外へ出たかっただけだ」
小さく、出来れば言いたくなかったのか苦しそうに言う。
「どうして?」
「……さあな」
冥加は何も言わない。
ただ、僕を外に出したかった、ということだけは本当なのだろう。
あの白い建物から。
―――そうだ、僕の音は鳥篭の中で外に憧れている鳥の音
外に出してくれたはずの彼。
それでも僕は篭の中にいる。
小走りで冥加に追いつき、手を取った。
指を絡めれば露骨に嫌そうな表情をする。
いつか、本当にこの鳥篭から外に出るとき。
そのときも彼の手を離さないようにしよう。
- 作品名
- 鳥篭
- 登録日時
- 2010/06/21(月) 01:05
- 分類
- 天宮×冥加