暑くないのか、とよく言われることがある。
たしかに真夏に天音の制服は暑いだろう。
もっとも僕自身はそう感じていないのだから構わないのだけど。
……問題は彼だ。
「暑いのなら脱いだら?」
冥加は僕の一言に耳を貸そうとしない。
そもそもこのやり取りも今夏だけで数十回行われている。
入学以来だと百を越すだろう。
だが、脱いだことがあるのは一回だけ。
「もしかしてまだ根に持ってるのかい?」
僕の言葉に冥加は眉間の皺を深くする。
これは肯定という意味だ。
「何も人前で脱がせたわけではないからいいじゃない」
唯一、彼の上着を脱がせることに成功したのは僕の家で、だった。
「空調が嫌いだという貴様の嘘に見抜けなかった己の迂闊さを悔いているだけだ」
「やだな、嘘じゃないよ」
利き過ぎている空調が嫌いだ、と言っただけなのだけど。
もっとも空調で温度が一定に保たれている天音に居るのだから、確かに冥加は迂闊だったのかもしれない。
「君があまりにあついって言うから体が熱いのかと思って」
フフ、とわざとらしい言葉をかければ、不機嫌な顔はさらに酷くなる。
「もしかして余計暑くなるようなことが嫌だった?」
暑かろうが寒かろうが、ただお互いを求めることは関係なく行っている。
それは今も昔も変わらない。
あのときも上着を脱がせた流れのまま冥加を抱いてしまった。
ただそれだけだ。
それだけなのに、やけに純情な彼はそのことを警戒してか上着を僕の前では滅多に脱ごうとしない。
別に上着を脱げば必ず抱くわけでもないし、上着を脱がなければ抱かない理由にもならない。
それなのに、だ。
次にどんな罵声が飛んでくるかと楽しみにしていたが、予想に反して返されたのは溜息。
「貴様の戯言には付き合ってられんな」
「そう?」
僕を無視して歩き出した冥加の後を同じペースでついていく。
そして、この真夏の日差しという攻撃に耐えられなくなった彼が少しの弱音をもう一度吐くまで待つ。
次に暑いと言ったら今度はなんて言おうか、と。
暑苦しい不機嫌な後姿を見ながら、口元が綻んだ。
※ ※ ※
その後
「期待していると思われたくなかったからだ」
天音で過ごす最後の夏が終わってから彼の口から聞いた理由。
あまりに純情な彼の言葉に、僕は思わず笑ってしまう。
そんな理由であの炎天下を歩いていたのか、と。
「じゃあ、これからも上着を脱いだらしてもいいってこと?」
調子に乗るな!と怒る彼の声。
でも決して否定ではなくて、それだけ彼が焦れているという意味。
そう思うと、やはり口元は緩んでしまうのだ。
- 作品名
- 上着
- 登録日時
- 2010/06/03(木) 20:53
- 分類
- 天宮×冥加