大学に入ってからも耳に入る東金元部長の話。
相変わらずヴァイオリンは続けているらしく、別の学校なのにも関わらず女子達が騒いでいる。
それも当たり前か、と散々引っ張りまわされたことを思い出す。
それと共にふと二年前の夏の日を思い出した。
いつだって尊大で、癇に障ることは多かったが俺にとっては憧れだった。
それが恋だと気付いた頃には
「アカンよ、芹沢クン」
隣に立つ彼の相棒に釘を刺された。
それでも彼に呼ばれて面倒な雑用をこなせば、満足そうに笑う。
いつかその笑顔が可愛いと思うようになってしまった。
「やはり紅茶はお前が淹れるのが一番だな」
決してお世辞を言わない彼に褒められることが嬉しかった。
隣に居てもいいと言われているようで嬉しかった。
もちろん、それを快いと思わない人物がすぐそばにいることも分かっている。
だが、だからこそ、そこに付け入ろうとしてしまう。
二年前の夏、神戸へ帰る前日。
珍しく寮には俺と東金部長の二人だけだった。
いつものように「茶だ」と言う彼を後ろから抱き締めた。
何も言わず力を強める俺に彼は抵抗するわけでもなく、それを受け入れた。
今思うと、あの頃は終わってしまう夏に焦っていたのだろう。
「芹沢」
勝手な振る舞いをする俺を呼ぶ声は、決して怒っているわけではく。
むしろ優しい音だった。
「大学へ行っても音楽をやるんだろ?」
つまり、同じところへ来い、ということだろう。
その言葉に俺は頷かず、そのまま彼を放した。
「申し訳ありませんでした。今、お茶を……」
「芹沢」
彼の言葉を無視し、キッチンへと足を進める。
そして顔が見られないようなところで止まる。
「部長と……副部長と、三人で演奏が出来て良かったです」
大学は東金元部長とは別のところへ決めた。
きっと、今も彼の横には……
はぁ、という溜息が零れる。
あのとき。
あのキッチンで伝えたい言葉を言えれば何かが変わっていたのだろうか。
あの言葉を受け入れていれば、関係も変わっていたのだろうか。
「愛しています、か」
空虚を見つめ、届かない彼への言葉を呟く。
耳の奥にあの夏の日の喝采を浴びた演奏が響く。
そして、彼の眩しい笑顔。
俺にとって、あまりに眩しすぎた笑顔。
好きです。
好きでした。
言えなかった言葉が溢れ出す。
褪せていくあの夏の日の暑さとぬくもり。
いつか、この想いも褪せていくのだろうか――
- 作品名
- エピローグ(芹沢→東金)
- 登録日時
- 2010/05/29(土) 22:45
- 分類
- その他CP