今日は天音の上から呼ばれ、また神戸へ仕事へ行くことになってる。
「ちょ、ちょっと天宮さん?」
電話口から聞こえる七海の声を無視して通話を切る。
そしてそのまま電源も切った。
きっと今頃駅で一人戸惑っているだろう。
新幹線の発車予定時刻の五分前、僕は自室で一人譜面を読んでいる。
新神戸に着いた時、七海が一人だと知ったら先に現地に居る冥加はどのような表情をするのだろうか。
それは少し見てみたかった。
それから数分後、今度はインターホンが鳴る。
耳を澄ませば冥加の妹さんの声。
「天宮さん、いらっしゃるのでしょう?」
きっと七海から連絡が行き、それを聞いた兄から電話があったのだろう。
僕は居留守を使う。
インターホンは数回鳴った後、諦めたようで音が止んだ。
「天宮さん、後で兄さまに電話してあげてくださいましね」
きっと寂しがっていますから、と。
寂しい……?
冥加が?
不遜な態度ばかりとっている冥加が寂しがる、という光景を想像して思わず笑う。
だがいざ想像をしてみれば、意外と普通で。
むしろ、それが彼の本当の姿なのだ。
深夜、唐突にインターホンが鳴る。
時計を確認すると、ちょうど日付が変わったぐらいだった。
気がついたら寝てしまっていたらしい。
もう一度インターホンが鳴るので、玄関へと向かう。
相手も確認せずにドアを開けると
「貴様は何を考えているんだ」
「おかえり、早かったね」
予定だと明日の昼頃に帰ってくる予定だったのに。
「そんなに寂しかった?」
冗談めかして言えば、深い溜息が返ってくる。
「言いたいことが多すぎて何から言えばいいのか分からない」
「一言でいいんじゃないかな」
心底憎そうな目で睨まないでほしい。
「早く会いたかったって」
「貴様のその頭の構造はどうなっているんだ」
理解できないものを見る目。
「結局貴様は何がしたかったんだ?」
冥加の質問に、僕は改めて考えた。
困らせてみたかった、が正直なところだがそうもいかないだろう。
「実験かな」
実験?とまた訝しげな視線。
いい加減その敵を見るような目つきはやめてほしい。
「自分がどれだけ独りでいられるか」
本当はそのようなつもりは微塵もなかった。
だが、いざ冥加と離れてみて少なからず寂しさを感じたのも本当だ。
横浜に着てからずっと冥加とは一緒に居るから、それが当たり前になっていた。
「そういうことは仕事ではない時にしろ」
そう言って、僕の頭に触れる。
「冥加は寂しいと思った?」
彼の妹が言っていた言葉を思い出す。
「そのような脆弱な感情は持つわけがない」
グリグリ、と頭の手の力が強くなる。
これは照れ隠しの図星、と見ていいだろう。
「僕は寂しかったよ」
ほんの少しだけ、と心で付け加える。
そして、彼の胸に頭を埋める。
こんな風に言うつもりはなかったのに。
言葉にしただけで自分の感情まで変わってしまうのか。
或いは、言葉にして自覚をしてしまったためだろうか。
言葉の力は小日向さんとの実験で分かっていたはずなのに。
もう、独りになりたくない。
彼の胸で、僕は泣いた。
- 作品名
- 留守
- 登録日時
- 2010/05/09(日) 18:30
- 分類
- 天宮×冥加