いつからか分からないが、気がついたときには彼に惹かれていた。
自分にはない華やかさ。
自分にはない自信。
最初は尊敬と憧れだったのかもしれない。
だがその感情が変わってしまって、もう昔のようには戻れないと知る。
母親に連れられて神戸の千秋の家に来た。
母達はそのまま外出してしまい、残った僕と千秋は特に何をするわけでもなく家に居た。
何度も来ているが念のために持ってきていた観光ガイドに目を通していると、千秋に声をかけられる。
「わざわざ見なくても行きたいところに行けばいいだろ」
「それを決めるために見てるんだよ」
本当は特に行きたいところもなく、出来ればこうやって二人でいたいと思う。
もっとも、この気持ちが退屈している幼馴染に伝わるとは到底思えないが。
「じゃあ俺が案内して……と、悪い」
部屋に千秋の携帯が鳴り、千秋はそれを取る。
彼にしては珍しい着信音だな、と思う。
「俺だ。ああ。は、来てるってどこに」
途切れた曲の続きを思い出す。
バッハを着信音にするなんて珍しい。
「分かった。迎えに行く」
待ってろ、と言って千秋は切る。
「悪い、蓬生が門のところまで来ているから迎えに行ってくる」
そう言う彼の顔は妙に嬉しそうで、分かってしまう。
「ああ分かった」
いや、分かっていた。
いつだって土岐蓬生について話すときの千秋は輝いている。
きっと自分が東金千秋について話している時と同じ。
「じゃあ僕も外に出かけてくるよ」
「そうか?なら俺達も一緒に……」
着いてこようとする千秋に笑顔を向ける。
「いや、いいよ」
笑顔で拒絶をする。
一緒に来られたら、どう接していいのか分からなくなる。
「たまには一人で散策してみたいんだ」
千秋は僕の拒絶を汲み取り、そうか、と引き下がる。
「じゃあ俺は蓬生を迎えに行くから、好きなときに出ればいい。カギは気にしなくていいからな」
彼は空気を読めるのか読めないのか分からない。
ただその優しさだけは伝わり「うん、ありがとう」と答える。
本当はその優しさが今は一番辛い。
僕の言葉に、千秋はほっとしたように笑い、じゃあなと部屋を出た。
一人になりため息をつく。
元に戻れない感情が苦しい。
解決しない恋心に、自然と涙が溢れた。
- 作品名
- 片思い
- 登録日時
- 2010/04/21(水) 21:32
- 分類
- 八木沢×東金