「おい、小日向」
元町通りを歩いていたかなでの耳に、ここ数日で聞きなれてしまった声が届く。
だが他の事を考え込んでいたせいで気付かず、すれ違おうとしていたところを腕を掴まれる。
はぁ、と東金はため息をついてかなでを軽く小突く。
「無視をするな」
「東金さん、こんにちは」
やっと気付いたかなではニコッと笑い挨拶をする。
この笑顔に、何故か先ほどまでの呆れも無視されそうになったことも全部忘れてしまいそうになる。
「何か用ですか?」
「いや、別に用って程じゃない。小日向の姿が目に入ったから呼び止めただけだ」
どうせヒマだろ?という東金の言葉にかなでは頬を膨らます。
手には愛用のバイオリンケースを持っているから今も練習に向かうところだろう。
ただ急いでいる様子もないので一人で練習するつもりだろう、と東金は予想を立てた。
「冗談だ。練習をするんだろ?」
「はい」
「なら、俺も付き合ってやるよ」
本当ですか?とかなでは目を輝かせ、もう一度「はい」と元気よく頷く。
かなでの様子に機嫌を良くした東金は空いている手を差し出した。
「行くぞ小日向」
その手を取って、かなでは微笑った。
何がおかしいのか分からない東金が首を傾げる。
「東金さん、最近地味子って言わないなって思って」
「それはお前が開花させたからだ。お前という花を自分の力でな」
だが、かなでは東金の答えに首を横に振る。
「でも地味だと言いながらも私のことを認識してくれていましたよね。それが今でも嬉しいなって思って」
「如月が居たからだ」
俺だけだったら気付いていなかった、というがこれに対してもかなでは首を横に振る。
「それでも嬉しいんです」
握る手に力が入る。
「こうやって東金さんに呼び止めてもらえたことも、名前で呼んでくれていることも、手を繋いでいることも」
えへへ、と笑うかなでに東金の口元も緩んだ。
「かなで」
「はい?」
「返事をするな。苗字じゃなくて名前を呼んだだけだ」
「え?」
「かなで」
「……はい」
かなでは顔を真っ赤にして俯くと、東金は満足そうに微笑い繋いでいる手の指を絡ませた。
「もし私が地味なままだったらさっきも通り過ぎていってましたか?」
「さあな」
そう考えると、今は同じ方向へ歩いていることも不思議に感じる。
「だがすれ違っていたとしても、いつかはお前に気付いて追いかけて……やっぱりこうやって同じ道を歩いているだろうな」
東金の言葉に、かなではクスッと笑う。
「その前に、私が走って追いかけます」
気付いてもらえるまで、何度だって追いかけます。
真剣にかなでが力説していると、東金は気恥ずかしそうに笑う。
「バカ、さっき気付かなかったの誰だよ」
「……私です」
かなでの答えに満足した東金はハッと笑う。
「だったらバツとして、今日は俺に一日付き合ってもらうから覚悟しとけよ」
東金から出た条件にかなでは目をぱちくりとさせる。
そして東金からの条件内容をじっくりと考えてから、
「おねがいします」
と元気に答えた。
- 作品名
- 地味なままなら(東金×かなで)
- 登録日時
- 2010/04/20(火) 23:22
- 分類
- NL